その日、リョーマは参加するサークルの先輩の奢りという言葉に乗せられてポーカーの勝負を受けた。
テニスサークルに所属しているならテニスで良いじゃないかと抗議すれば、そればかりじゃつまらないとあっさりかわされ。
「なんやテニス以外は自信ないんか?」
「まさか。忍足先輩こそ約束忘れないでくださいよ」
負けず嫌いな性格が災いして先輩である忍足に焚き付けられる形でルールを知っている程度のゲームに興じることになった。
結果は語るまでもないだろう。
テニスでも天才と称される忍足は一筋縄でいくような男ではなく、リョーマは見事に敗北した。
「越前は周りからクールやて言われとるけど、案外分かりやすいからなぁ」
「余計なお世話っす」
「ほんま分かりやすいなぁ自分」
苦笑する忍足から視線を反らし、これ以上からかわれて堪るかと席を立とうとするリョーマ。
「ちょい待ち。約束忘れたわけやないやろ」
さり気なく企てたつもりの逃亡は、あっさりと阻止された。
「約束って何すか?」
「自分で確認しとった癖にすっとぼけんなや。負けたら罰ゲーム。覚えてないとは言わせんで?」
やはり誤魔化されてはくれないようだ。
彼の言う約束とはポーカーでリョーマが勝ったら駅前にある有名な洋菓子店で好きな分だけケーキを買う代わりに、忍足が勝ったら指定した罰ゲームを受けるというものだ。
負けるつもりが最初から無かったリョーマは、罰ゲームの内容すら知らない。
「チッ」
「越前…女の子が舌打ちしたらあかんで」
「で、何させるつもりなんですか?」
先輩である忍足を容赦なくジロリと睨めば、彼は非常に性質の悪い笑みを貼り付けて言った。
「この学校で一番モテる奴に愛の告白をするっちゅうのはどうや?」
「…本気で言ってるんすか」
どうせ禄でもないことを言うに違いないと思っていたら、本当にその通りだった。
「無理。出来るはずないじゃん」
「せやから罰ゲームや」
絶対に嫌だ。
心から拒絶するリョーマを忍足は鼻で笑う。
「最初に承諾したのは越前やで。負けた途端逃げるんは卑怯とちゃうん」
「…それは」
負ける気なんて全く無かったことも内容を知らなかったことも言い訳にはならない。
勝負を受けた時点で罰ゲームを承諾したも同じなのだ。
「や、やらないなんて言ってないし」
「なら、決まりやな」
自分にも非があると思ったリョーマが躊躇いがちに答えれば、忍足がすぐに罰ゲームの決行を宣言する。
この瞬間を狙っていたのだろう。
忍足は自身が所有する携帯電話を目の前に掲げ、液晶に見知らぬ男の画像を映し出してリョーマへと見せた。
「ターゲットはコイツや。跡部景吾」
リョーマが告白する予定の学校内で一番人気という男は、顔は整っているものの何処か高慢そうな雰囲気を漂わせていた。
多分、合わない。性格的に。
「なんや。お気に召さんか? 跡部様って女の子は皆騒いでるで」
「へぇ…そうなんだ」
跡部様って呼ばれてる時点で厭な予感しかしない。
そんな男に告白しろとは、忍足もいい性格をしていると思う。
否。絶対にフラれることを考えれば逆に良いのかもしれない。
「告白したら罰ゲームは終わりっすか?」
「一応な。越前が続けたいなら続けたらえぇよ」
「有り得ないっすね」
誰が喜んでこんな罰ゲームを続行するものか。
適当に好きだとかなんとか言ってさっさと断って貰おう。
受け入れられるなんて思っても見ないリョーマは、忍足の指示通り跡部に告白することになった。
所詮は罰ゲームなんて甘くみたのが悪かったのか、はたまた相手が悪かったのか。
恐らくはどちらも言えるのだろう。
「良いぜ」
忍足にあらかじめ用意された台詞を棒読みしただけのリョーマの告白を、あろうことか跡部はすんなりと受け入れてしまった。
「あの…今なんて言ったんすか?」
聞き違いだ。
そう思って尋ねれば、跡部は不機嫌そうに眉を顰める。
「この俺様が付き合ってやるって言ってるんだ。光栄に思えよ」
嘘だと言ってくれ。
予想外の展開にリョーマは空いた口が塞がらない。
どう考えても付き合いに発展する要素が無いのに。
来るもの拒まずという思考の持ち主なのかもしれないが、今回ばかりは何としても断って欲しかった。
「いや、これは…」
こうなれば罰ゲームだと白状するしかない。
「ごちゃごちゃと煩せぇな」
怒られることを覚悟で開いた口は、真実を告げるより先に塞がれてしまった。
視界に広がるのは、透き通る蒼色。
リョーマの脳裏に跡部は手が早いって有名だから気をつけろと言っていた忍足の言葉が過ったが、思い出したところでもう遅い。
触れた唇から伝わる熱を自覚した時には、男の腕の中に抱きとめられていた。