跡部がデートにテニスを選んでくれたのは正直嬉しかった。
どうせ出掛けるなら寝てしまうような場所に連れていかれるよりテニスをしている方がずっと良い。
しかし、跡部は本当にテニスが出来るのか。
半信半疑でもう一度確認すれば、彼の家が所有しているスポーツジムに通い詰めていると返された。
はっきりと口には出さなかったものの、一人で密かに練習を重ねているに違いない。
意外だと思うと同時に彼の自信に満ちた態度は、全て見えない努力に基づいたものなのだと納得した。
一般よりやたら突き抜けてしまっていることは否めないが。
それもまた跡部らしいと笑ってしまうあたり絆されているのかもしれない。
恋愛感情かはさておき彼を憎からず思う自分にリョーマは溜め息を吐いた。
「どうした?浮かない顔して」
「別に…」
翌日も悶々とした感情を引きずっていたリョーマは、跡部に会うなりそれを指摘されて思わず視線を逸らした。
自分が顔に出してしまっているのか、跡部がリョーマの機微に目敏く気付いてしまうからか。
どちらにせよ深みに嵌っていることに変わりなかった。
「テニスが嫌だっわけでも無いよな?」
「朝が苦手でまだ眠いだけだから…」
気遣う跡部の姿に酷く苦々しい気持ちになる。
彼を知る度に膨らむのは罪悪感だ。
「本当か?」
「平気。それより早く試合しようよ」
これ以上話を続ければ本音を零してしまう気がして、リョーマは跡部を急かすことで話を打ち切った。
「調子悪くなったらすぐ言えよ。分かったな」
跡部は未だ心配そうな表情を見せていたが、宥めるように頭を撫でるとリョーマに続いてテニスコートの中へと入った。
ネットを隔てて相手と向き合う。
最初は肩慣らし。
やがて互いの力量を量るような打ち合いから、本気の試合へ。
少し休憩すると跡部に声を掛けられるまで悩んでいたことすら忘れていた。
「中々やるじゃねぇか」
「跡部さんこそ」
口先だけじゃないところを見せた跡部の姿を格好良いと思ってしまった。
彼はリョーマが想像した以上に強く、このままずっと打ち合っていたいと思った。
最初、手加減するべきかなんて考えた自分が恥ずかしい。
「どうだ。ますます俺様に惚れただろ?」
ベンチに座るリョーマにドリンクを差し出した跡部が当然のように言い放つ。
「……」
「何だ。図星か」
「違う!」
言葉に詰まった後で否定したところで説得力は無かった。
「やっぱり俺の言った通りになったじゃねぇか」
「勝手に決めつけないでくれる」
リョーマがそっぽを向いても跡部は喉で笑うだけでまともに取り合わない。
悔しいが、どう足掻いても相手の方が一枚上手なのだ。
きっと、リョーマの気持ちなんて簡単に見透かしている。
そこまで考えて一瞬で我にかえった。
違う。自分は跡部を好きなわけじゃない。
だって、これは罰ゲームなのだ。
ほとんど効力を失くしかけている言葉を心の中で何度も繰り返す。
本当は分かっている。ただ、認めたくないだけだと。
「おい越前」
「え?」
「まだ打ちたいか?」
コートに視線を固定したまま考えに耽るリョーマを見て跡部が肩を竦めながら尋ねてきた。
テニスは確かにしたい。再び跡部と戦いたいと思った。
けれど、今の気持ちで跡部と向き合うことなんて出来そうになくて。
「今日はもういいや」
「そうか」
「また今度テニスしようよ」
果たすつもりのない約束を持ちかけた。
「いつでも相手になってやるぜ」
「楽しみにしてる」
楽しみなのは本当。
もう一度があるのは嘘。
最初から嘘で始めたのだから、最後が嘘でも構わないはずだ。
こうして心を決めたリョーマは、テニスを終えて食事に連れて行ってもらった帰り、自宅の前で一言跡部に感謝を述べた。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「お前が素直なんて珍しいな」
「たまには良いじゃん」
それだけ今日が楽しかったからだと答えたリョーマを見た跡部が少し照れくさそうに笑う。
嬉しそうな彼に心がチクリと痛んだ。
つい歪みそうになる表情を隠す為、リョーマは足早に玄関へと向かう。
「じゃあね、跡部さん」
背後に向かって告げたのは、別れの言葉。
嘘で出来た関係を終わらせる意味を持つそれに跡部が気付くことは無いだろう。
狡いと思われたって良い。
次に会う時には、嘘をこの手で明かすから。だから。
せめて今日だけは恋人のままで居させて欲しかった。