翌日、話があると改まって切り出したリョーマに跡部は少し驚いた表情をみせたが、その場で追求することはなかった。
代わりに跡部の家に来いと手を引かれて連れ出される。
行きたくないと抗議しても、そこでしか話を聞かないと言われたら従うだけだ。
もしかしたらリョーマの態度から何かしら感じとっていたのかもしれない。
乗せられた車の中でもあまり喋らない跡部にリョーマは違和感を覚えた。
沈黙が続く車内の居心地は悪く、だからと言ってこちらから話題を振る気分にもなれず一刻も早く目的地に着くことを願った。
「降りるぞ」
実質的には短くとも精神的にかなり長いと感じられた移動時間を経て辿り着いた家は、噂に聞いていた通りの豪邸だった。
デートと称して付き合わされた店や普段の羽振りの良さから金持ちであることは分かっていたものの、実物を見るとやはり圧倒される。
通された跡部の部屋も外から見た家の大きさに見合ったものだった。
高そうな丁度品に囲まれた部屋をキョロキョロと物珍しそうに見ていると、ソファーに座るように促された。
そして。
「別れ話なら聞かねぇぞ」
リョーマと向き合うなり不機嫌そうに眉根を寄せる跡部が発した第一声は、核心を突くものだった。
「ち、違う!」
ある意味別れ話と言えなくもないけれど、跡部の考えるものとは異なる。
この場合、フラれるのはリョーマだ。
真実を告げれば間違いなく跡部は手を振り払うだろう。
プライドの高い男だ。
騙されたと知った彼はきっとリョーマのことを許さない。
当然のことだ。
当たり前なのに、それを辛いだとか、寂しいなんて思う自分が厭だった。
「じゃあ、話って何だ?」
もごもごと口だけ動かしたまま一向に話さないリョーマに焦れた跡部が、平素より低い声で尋ねる。
最初から悪かった機嫌は更に下降を続けているようだ。
回りくどいのはリョーマとて好きじゃない。
「その…ずっと、跡部さんに謝らなければいけないことがあって」
「クラシックのコンサートで口を開けたまま寝てたことか?」
意を決したリョーマが躊躇いがちに口を開いた矢先、跡部が見当違いなことを言って遮る。
折角誘って貰って確かにあれは悪かったと思うが、趣味が合わないのだから仕方ない。
「そうじゃなくて、もっと別のこと」
リョーマが真剣な面持ちで首を横に振り、全て白状しようとした刹那。
「別のことね。それは、お前が忍足に唆されてこの俺に告白してきたことか?」
跡部の口から信じ難い言葉が飛び出した。
あまりの衝撃に何を言われたのかすぐには理解出来なかった。
知っている。
どうして。まさか。
呆然と開かれるリョーマの眼に映る跡部は、とても綺麗に微笑んでいた。
「俺様を謀ろうなんて甘いんだよ」
彼の表情と台詞が答えだ。問いかけるまでもない。
「最初…から」
気付いていたのか。
よくよく考えれば気付かないはずがないのだ。
あんな可笑しな告白を本気にとる奴なんて居ない。
ならば。
「何で付き合うなんて…」
どうして跡部は罰ゲームであった告白を受け入れたのか。
「嘘とは謂え折角廻ってきたチャンスを逃す手はねぇからな」
「チャンス…?」
跡部の考えがリョーマには分からない。
今だって怒っているどころか、先刻までとは逆で愉しそうにしている。
「怒ってないの?」
「俺は騙されたつもりはねぇぜ」
純粋な疑問をぶつけると、跡部が鼻で笑う。
てっきり怒られるものだと決めつけていたリョーマは拍子抜けしたというか、逆に自分が怒っていいのではないかと思い始めてきた。
「…なら、騙してたってこと?」
「俺が騙しただと!?」
悩んでいた自分が滑稽に思えて、跡部を問いただす。
「だって、好きでもないのに付き合うなんて言って、こっちの反応楽しんでたんでしょ」
苛立つリョーマが跡部を睨むなり、跡部は口元を歪めて。
「あぁ? お前、ふざけたこと言ってるとまた黙らせるぞ」
いつの間にか隣まで距離を詰めたかと思えば、宣言通り言葉を唇で塞いだ。
あの時と同じだ。
「好きじゃないなんて一度も言ってねぇぞ。信じられないならとびっきりの愛の言葉を囁いてやるぜ」
跡部は唇だけじゃなく、リョーマから全てを奪っていく。
「罰ゲームなんてくだらねぇが、ゲームなら丁度良いだろ」
結局、踊らされていたのは自分だ。
「俺様に惚れたテメェの負けだ…リョーマ」
そのまま跡部に抱きしめられたリョーマは、複雑な想いに駆られながらも跡部の背に両手を回した。
降参の意を示すその行動に跡部は約束通り耳元で甘く愛を囁き、リョーマが顔を真っ赤に染め上げる。
其処に嘘はひとつも無く、あるのは始まりが少し歪な恋だけだった。