朝起きたら目の前に見知った、けれど此処に居るはずの無い人物がこれまた何故かバスローブを纏いリョーマの部屋に我物顔で立っていた。
慌てて目を擦り、片頬を自分で抓ってみるとやはり痛い。
「何だ。漸くお目覚めか、王子様?」
ぼんやりとした眼差しでキョロキョロと部屋の中を伺うリョーマに気付いた跡部が鼻で笑う。
「寝汚いのは予想通りだな」
「え? はっ? え?? 跡部さん…だよね?」
「この俺様が他の誰かに見えるならテメェは眼科に行くべきだな」
一瞬幻かと思ったそれは、平然と話しかけてきた。
落ち着け、とりあえず落ち着こう。
どうして敵校の部長である跡部が此処に居るのだろうか。
否、仮に同じ学校の先輩だとしても早朝にバスローブを身に纏って他人の家で寛いでいること自体可笑しい。
「寝惚けるのも大概にしとけよ」
呆けてるのはお前の頭だ。
「起きてるよ。むしろアンタのせいで目が覚めたんだけど」
ついでに酷く混乱させられている。
「朝一番に俺様の美しい顔が見れるなんて幸せじゃねぇか」
「…これ夢だよね」
一般的とは言っても跡部からしたら決して広いとは言えないリョーマの部屋で、至極普通に居座っている男の違和感といったら半端ない。
エイプリルフールはまだまだ先だというか、これが新手の嫌がらせや悪戯ならば効果は抜群だと言える。
「夢だと? やっぱりお前まだ寝てるんじゃねぇか」
「起きてるから!」
夢だと思いたかったリョーマの呟きを耳聡く拾った跡部に肩を竦められ、慌てて否定する。
残念なことに目は完全に覚めていて跡部が自分の部屋で踏ん反り返っているという現実を認めるしかない。
「大体アンタが俺の部屋に居るから夢だと思ったんじゃん!」
「夢でも俺に会いたかったのか?」
「だから何でそういう方向に話がいくわけ? 意味分からないんだけど!」
全てにおいて理解出来ない。
「てかさ、この際アンタが此処に居る理由はどうでも良いから早く出て行ってくれない?」
これ以上跡部と話しても埒があかない。
頭痛すら覚えたリョーマがベッドから立ち上がって部屋の扉に向かって背を押すものの、跡部は動かないどころかとどめとも言える爆弾発言を落とした。
「追い出そうとしても無駄だぜ。今日から此処で世話になることになったからな」
「は…?」
眼が覚めた時から厭な予感を覚えていたが、まさか。
「ちょ、ちょっと待って。可笑しいでしょ」
「話せば長くなるが、色々あって家を差し押さえられたんだよ」
肝心な部分を端折り過ぎだろう。
差し押さえということはつまり住む家を失った上に財産を失った状況にあるのか。
「いやいや! アンタの事情とか知らないし!」
「お前、困ってる人間を放りだすのかよ!」
助けを求める立場らしからぬ態度を取る跡部に言われたくは無い。
いくら普段から尊大な物言いと高慢な振る舞いをしているとしてもこれは酷いだろう。
「それが人に物事を頼む態度? 大体何でうちに来たのさ?」
跡部ならいくらでも頼る相手が居たはずだ。
「氷帝の人のとこ行けば良かったじゃん」
「駄目だ。そんな恰好悪いところアイツ等に見せられるかよ」
「…じゃあ、手塚部長は?」
同じ学校の人間が嫌だというのならば、リョーマより跡部と親交のある部活の先輩はどうかと思い名前を挙げてみるもあっさりと却下される。
「俺様が認めたライバルにこんな頼み出来るか」
「俺なら良いわけ?」
手塚が駄目でリョーマが良いという理屈が分からない。
敵校の部員であることは変わり無いのに。
「お前なら俺様が家に居るなんて言えないだろ?」
「そりゃそうだけど…」
跡部が家に居るなんて口が裂けても言えなない。
第一、勝手に人の家に上がり込んで風呂まで入った挙句バスローブで人を起こすような男と関わりがあるなんて知られたくなかった。
しかし、それは跡部がリョーマと一緒に生活することになった場合の話である。
実際には有り得ないことだから此処で追い出せば問題ない。
「家族の承諾は既に貰ってるからお前が反対しても無駄だぞ」
リョーマが安堵した矢先、跡部がその希望をあっさりと砕いた。
「…マジかよ」
跡部が嘘を言っているようには見えない。
当たり前のように部屋に上がり込んでいる時点で結果は分かっていたのだ。
「よろしくな。リョーマ君?」
不気味なまでに爽やかな笑顔を張り付けた跡部に肩を叩かれたリョーマはがっくりと項垂れた。