Verzaubern

01:獲物は唯ひとつ

他校生が学校の校門で待つのは、やはり人目を惹くらしい。
報告を受けて現れた跡部の不思議そうな視線に不敵な笑みで返したリョーマは、用件を手短に告げた。
「アンタに会いに来たんだよ」
「テニスの相手なら別の日にしろ」
アポを取れと眉を顰める跡部に、事前に約束をしたら良いのかと密かにほくそ笑む。
「まあ、それも良いけど」
跡部という人間を手に入れるなら、テニスという共通点でゆっくりと距離を詰め方が効果的だろう。
けれど、遠回しなのは性に合わないからリョーマは想いを告げた。
瞬間、硬直する跡部の姿を忘れることは無いだろう。
驚きに目を見開いた彼は、まじまじとリョーマを見つめて。
「テメェの冗談に付き合う程、俺様は暇じゃねぇよ」
ふざけるなと苦々しく吐き捨てた。
「冗談でわざわざ俺が来ると思う?」
勿論、こちらも暇つぶしや悪戯で告白をする酔狂では無い。
真っ直ぐに跡部を見据えたまま尋ねれば、息を飲む音が聞こえた。
「余計に性質が悪いだろ」
早く帰れとだけ言い残して、踵を返す跡部。
彼はきっと、信じてはいないのだろう。
悪い冗談だと言い聞かせる様がありありと想像出来てリョーマは、更に口元を吊り上げた。
「アンタやっぱり馬鹿だね」
逃がすわけがないと言うのに。



02:近づく理由を隠した

氷帝学園に何度か足を運ぶリョーマは、時折レギュラーの誰かに声を掛けられることがある。
例えば、こんな感じに。
「跡部と仲良くなったん?」
後ろから声を掛けられてチラリと横目で後ろを見ると、忍足がわざとらしい笑みを貼り付けながらリョーマに問い掛けてきた。
「そう見えるんすかね?」
質問に大して質問で返すリョーマに、忍足は肩を竦める。
「まあ、仲良さそうには見えんわな」
「ふーん」
きっぱり否定されて落ち込むとでも思われているのだろうか。
だとしたらお門違いだ。
「…何が目的なん?」
表情を変えないリョーマに焦れたのか、忍足は躊躇いがちに核心を突いてきた。
跡部はリョーマとの一件を誰にも話していないのか。
「…テニス以外にあると思うんすか?」
知られていないのなら好都合だとリョーマが本音を隠して尤もらしい理由を述べた。
だって、彼以外に伝える必要なんて無い。



03:全然分かってない

リョーマが跡部の前に姿を見せるなり、あからさまに厭そうな顔をされた。
「お前も飽きねぇな」
「飽きたら此処に居ないだろうね」
邪険にされても気にした様子もなく返すリョーマに、跡部の表情が更に苦々しいものになる。
これも毎度のことなので、逆に口端を吊り上げて挑発してやる。
帰れと言わないのは、リョーマが応じるはずがないとこれまでの経験で思い知らされたからだろう。
「いい加減、諦めろよ」
「アンタこそ諦めたら?」
ため息交じりの声。
本当に嫌なら相手にしなければ良いのに。
「誰が」
「アンタが」
何だかんだと言いながら完全に拒絶しない意味を彼はきっと分かっていない。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
愚かなのは気付こうとしない跡部だとリョーマは笑いを噛み殺した。



04:良心が痛むことなんて

無理やり取り付けた約束。
集合場所と時間を一方的に告げて去ったリョーマは、当日の待ち合わせ場所で律儀にも五分前に姿を見せた跡部を見て破顔した。
「俺様が来ないと思わなかったのかよ?」
「来てるから良いじゃん」
何か問題あるのか。
平然とリョーマの片側の頬を跡部が抓る。
意外と強い力に痛みを覚えるリョーマだけれど、それを表に出すのは癪だから代わりに以前の跡部の発言を引き合いに出す。
「テニスの相手してくれるって言ったよね?」
男に二言は無いはずだ。
揚げ足取りだろうと構わない。
あしらうつもりで言っただろう台詞に跡部の口元が歪む。
「チッ」
苛立たし気に舌打ちする跡部に俺の勝ちだと宣言すると、反対の頬まで抓まれてしまった。



05:儘ならない会話

たまには違う路線で意表をついてみるのも悪くない。
自分の周りの人間を参考に実行に移したリョーマは、跡部の反応の薄さにひっそりと肩を落とした。
「離れろ」
面白くない。
「……」
返事の変わりに腰に回した腕へ力を込める。
後ろからでは顔は見えないけれど、どうせいつもと同じ不機嫌な顔をしているのはすぐに分かった。
「聞こえてんだろ」
盛大な溜息。
溜息を吐きたいのはこっちだ。
「無視すんじゃねぇ」
無視しているのではなく、無言の抗議である。
やはり、跡部は分かっていない。
「…アンタが」
「あぁ?」
「やっぱり…何でも無い」
このまま困ってしまえば良いと、リョーマは開きかけた口を閉じた。



06:君臨する王様に

練習試合に三年生も参加すると聞いた時、彼は一体どんな顔をするのだろうかとぼんやり考えた。
あからさまに厭そうな顔をして見せるのか、それとも。
予想する跡部の表情はいつもと変わらなくて、悪戯の一つでも仕掛けてやろうと思っていたのだが。
「相変わらず凄いね」
「…そうっすね」
ギャラリーの騒がしさにうんざりしたリョーマのやる気は、完全に削がれていた。
隣で呆れる不二の声を話し半分で聞き流しながらいい加減に頷いでいると。
「越前」
「何すか?」
肩を数回叩かれた。
面倒だという表情を隠さずに、チラリと横に視線を向けるリョーマに不二は前を指差して。
「そんなに見つめると跡部に穴が開いちゃうかもしれないよ」
見つめ過ぎだと少し困ったように笑ってみせる。
「別に。テニスの相手してくれるかなって思っただけっすよ」
言及したそうな不二の言葉を遮って、心にもない台詞を吐いた。
そのまま視線を彼から逸らすリョーマは、周りを気に掛けることなくただ一点を見つめた。
気位の王様は、相変わらず誰よりも偉そうにこの場を支配していて。
『覚悟しろよ』
その余裕面を崩してやるとリョーマは跡部と視線が交わった僅かな間に、口だけを動かして宣戦布告してやった。



07:追いかけると決めて

それを最初に見た時に感じたのは、純粋な驚き。
「珍しい」
思わず出た言葉の通り、珍しいこともあるものだと眼を奪われたのを覚えている。
「あんな顔するんだ」
リョーマの視界に映るのは、普段の高慢な表情を取り払った跡部の姿。
目元を緩めて猫を抱き上げる動作は妙に様になっていて、気付けば立ち止まったまま彼を見つめていた。
人通りの少ない通りだった為、リョーマの姿はあっさりと跡部に見つかる。
「何だ、越前か」
距離を詰めた跡部は、こちらを見下すなり呆れ混じりの声で尋ねてきた。
「また喧嘩でも吹っかけたのか?」
喧嘩などした覚えはないし、何度も繰り返しているような言い方をされるのは納得いかない。
「人のこと何だと思って…」
リョーマが不満そうに跡部を睨み上げると、片手が伸ばされた。
肌に触れる指先は、絆創膏が貼られた頬をそっと撫でる。
「転んだだけっすよ」
言い訳がましく聞こえるだろうか。
実際はテニス関連で一悶着あったのだが、素直に白状する気は無かった。
「お前がか?」
信じられない。
言葉にせずとも疑っていることは明らかである。
手塚に報告するつもりかもしれない。
「気を付けろよ」
警戒するリョーマの予想に反し、跡部は気遣うような科白を残して去って行った。
「猿山の大将のくせに…優しいじゃん」
猫を腕に抱いたまま歩く後姿を見送りながら呟く。
きっと、あの猫は跡部に可愛がられるに違いない。
先刻の彼の表情を思い出して、リョーマの口元が僅かに緩む。
しかし、同時に既視感が胸に渦巻いた。
何だろうかと記憶を辿り、すぐに思い当たる。
そう、あれだ。自分を見て仕方ないと苦笑して宥めたあの顔だ。
「俺を猫と一緒にするなよ…」
面白くないと口を尖らせるリョーマの眼が、辛うじて視界に映る跡部の姿を捉えて細められる。
猫と同じ扱いなのは気に食わないものの、あの顔は嫌いじゃないと思った。
不意に胸にこみ上げるのは、衝動。

もう一度あの跡部の顔を見たいと望んだ瞬間、追いかけると決めた。
それは、彼に想いを告げる数日前の出来事。



08:単なる気紛れに過ぎない

跡部の隣を置いて行かれないように歩く。
約束している訳じゃないから、勿論学校前で待ち伏せて。
「どーも」
「またお前か」
リョーマがついてくることに関してはもう気にしないらしい。
ついてくるリョーマをチラリと横目で一瞥した跡部は、溜息混じりに尋ねた。
「お前は楽しいのか?」
「は?」
問い掛けられる意味が分からなかった。
「普段と違うように見える?」
「いつも通りだな」
リョーマが尋ね返せば、跡部は変わらないと頷く。
「元々こういう顔だよ。まあ、アンタが俺のものになったら笑ってあげるけど」
「さっさと飽きろよ、ガキ」
口端を持ち上げて挑発するが、くだらないとすぐに一蹴されてしまう。
視線を外され、興味無いと言わんばかりの横顔が憎たらしい。
「…何だよ、畜生」
いつまで気まぐれだと思っているのか。



09:時間を戻したら

例えばの話なんて柄じゃない。
「もしも、」
口を開きかけてリョーマが止まる。
無意識に出てしまったのは、少しだけ、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったからかもしれない。
「あぁ?」
怪訝そうな跡部にリョーマは首を横に振って何でも無いと誤魔化す。
「何でも無い」
何でも無い。
例えば、同じ学校だったらとか、同じ歳だったらとか。
自分が他の誰かだったら、なんて本当にくだらないこと。
「らしくねぇな」
跡部のどこか気遣うような声に、リョーマは同意する。
本当に自分らしくない。
跡部の隣に並ぶ誰かを羨ましいと思うなんて、そんなこと。
馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。
明日も、また彼に会う為に。



10:横顔に焦がれる

時間を見つけては待ち伏せるようになり、跡部と帰る日が多くなった。
本来なら車で登下校をしている彼は、家まで押しかけられると面倒だと考えたらしく、帰宅するまでの時間をリョーマに与えた。
最初の頃に家を訪問したのは意外と効果があったようである。
何だかんだで絆されているのだろう。
「何見てるんだよ」
跡部の横顔を見上げていたリョーマを不機嫌そうな双眸が睨みつける。
「見られて問題あるの?」
恥ずかしいと思うような殊勝な性格をしているわけがない。
「見惚れたのかよ」
リョーマの問いに返されたのは跡部らしい言葉。
「うん」
それを否定せず、素直に肯定してみた。
実際、綺麗な顔をしていると思っていたからあながち間違いではない。
リョーマが素直に頷くと思っていなかった跡部は、一瞬言葉に詰まったようで。
「…お前」
顔を片手で押さえる姿に、リョーマはニヤリと笑った。
耳や頬が普段より赤く色づいているのが見える。
意外とストレートな表現に弱いのもしれない。
「まだまだだね」
これで手を繋いだらどんな反応をするのか。
企むリョーマは、ひっそりと手を伸ばした。



11:嬉しさを隠せない背中

青春学園の校門に跡部が居る。
人目を惹く男の登場は、瞬く間に噂として広がった。
今日がフリー練習であったのを幸いとばかりに早々に切り上げたリョーマは慌てて、校門へと向かう。
「待っててくれたんすか?」
「んなわけねぇだろ」
まさか自分に会いに来たわけじゃないだろう。
それでも、此処で跡部がリョーマ待っていたのは多分事実で。
「偶然通りかかっただけだ」
偶然なんて言いながらも、リョーマが一歩踏み出せば跡部も持たれていた壁から身体を起こす。
他に用事があるならこの場に残るはずなのに、それをしないという時点で答えは出ている。
「ふーん」
本当は、もう少し突いてやりたいところだけれど、折角向こうから会いに来てくれたのだ。
これ以上、言及するのは野暮というものだろう。
「今日はそういう事にしてあげるっす」
「だから違うって言ってるだろ」
否定する跡部に、また次も待っていると言ったら調子になるなと頭を軽く叩かれた。



12:微妙な関係

「触るな!」
手を振り払われたリョーマは驚きながらも、跡部の顔を見るなり納得して眼を細めた。
浮かぶのは嫌悪とかそういった感情ではなく、戸惑い。
手を払ったのも反射的だったようで、後悔の色が滲み出ている。
「意識してるの?」
「違ぇよ」
意地悪く指摘するリョーマに、跡部がすぐさま否定する。
けれど、そんな些細な抵抗など見え見えで。
「あっ。顔、赤くなってる」
然して変わらない肌の色を大げさに言って指差すと、跡部は咄嗟に顔を押さえた。
「お前の眼が可笑しいんだろ!」
リョーマの言葉に反応してしまった時点で反論など意味をなさないと言うのに。
「はいはい。そういうことにしておいてあげるよ」
くすくすと笑うリョーマは仕方ないと肩を竦めてみせた。



13:重い瞼の向こう

緩やかな振動が身体を伝う。
心地良い感覚に覚醒しかけた意識が再び沈んでい侯とした時。
「オイ!起きろ!」
「んん?」
大きな声を出されて、リョーマはもごもごと口を動かした。
薄ら瞳を開いた先、跡部の顔が見えた気がした。
「こんな所で寝てんじゃねぇよ」
呆れ顔でぺちぺちと頬を撫でる手は、思いの外優しい。
夢ならもう少し続けばいいのに。
「あと…ごふん」
自然と口から零れた言葉に、何故か夢の中の跡部は舌打ちして。
「…紛らわしいこと言ってんじゃねぇよ」
思い切り鼻を摘まれたことで、漸く現実だとリョーマが気付くまであと数十秒。



14:目隠しの手

ベンチに座っているのを幸いとばかりに、リョーマは背後に回り込んで手を伸ばした。
そのまま両手を跡部の眼の前に翳して視界を塞ぐ。
「前が見えねぇだろ」
「これで見えたら凄いと思うね」
眼力なら出来るかもしれないと笑うリョーマの耳に、苛立たしげな舌打ちが聞こえた。
「手をどけろ」
「別に見えなくても良いじゃん」
無理やり剥がそうとしないくせに。
「ふざけるな」
リョーマの提案に対し厭そうな声ですぐさま一蹴され、唇を尖らせる。
つまらない。
「一番最初に俺を見るなら離してあげても良いよ」
もっと困ればいいとリョーマは、項にそっと口づけた。



15:デートの約束なんて

前は無理やりリョーマから約束を取り付けた。
けれど、今回はどうだろう。
差し出されたオペラだか何だか分からないチケットを前に、硬直すること数十秒。
「行かないのか?」
「行く!」
取り上げられそうになるチケットを慌てて掴むと、呆れ顔で最初から素直に受け取れと言われる。
「アンタ分かってる?」
「何をだ?」
リョーマを誘う意味を分かっているのか。
というか、この人は自分が迫られている自覚はあるのか。
「これってデート…」
気付いていない様子の跡部に指摘すると、眼を丸くする。
「単に出かけるだけだろ!」
本当に分かっていなかったのか。
慌てる跡部を前にリョーマは上機嫌に笑った。



16:届かず、宙をきるはずの

「その中途半端な手に意味はあるのか?」
伸ばし掛けた手を止めたのは、振り払われる確率が高いと思ったからだ。
「べつに…」
見つかるとは思わず、何でも無いと誤魔化すリョーマ。
「ほら、行くぞ」
「…えっ」
しかし跡部は、躊躇いなくリョーマの手を取った。
「何だよ?」
こういうことを平然とするから性質が悪い。
当たり前に握られる手のことを口に出すせば、すぐに離れてしまうことが分かっていたから。
珍しいだとか、可笑しいとか言われながらも、大人しくこの状態に甘えた。



17:嘘を重ねて

跡部が隠していることをリョーマは知っている。
例えば、視線にリョーマが気付かないと思っている時の眼が優しいことも、視線が合った途端、逸らされわざと不機嫌を装うことも。
「嘘吐き」
本当は苛立ってなどいないだろう跡部のあからさまな態度にリョーマは唇を尖らせて不満を吐出した。
「誰が嘘吐きだって」
跡部に決まっている。
この大嘘吐き。
「いい加減認めれば良いのに」
諦めが悪いのはテニスだけにしておけ。
抵抗しても無駄だと迫るリョーマの額を小突いて勢いを削ぐ跡部は、勘違いだと諭して逃げるように去って行った。
「本当…往生際が悪いんだから」
残されたリョーマは額を撫でながら舌を思い切り出した。



18:傍に居るということ

「オイ」
すぐ傍で声が聞こえるが、自分の名前が呼ばれたわけじゃない。
そのまま無視をしていると強引に肩を掴まれた。
「何?」
名前を知っているのだから、ちゃんと声に出したら良い。
そう思いながら跡部を睨むなり、バツが悪そうに顔を逸らされる。
「呼んだだけだ」
「は?」 投げやりな言い方に思わず脱力する。
こっちを向いてほしいなら素直に言えば良いのに。
仕方ないと溜息を零すリョーマを見て跡部は忌々しそうに舌打ちして。
「お前だって同じことしただろ」
「そうだっけ?」
覚えてないことを持ち出すから、可愛いと繰り返してからかってやった。



19:幸せな少し先の未来の話

氷帝学園の生徒が声を掛けてくることは、少なくなった。
何度かあしらっているうちに聞いても答えないリョーマから興味を失くしたのだろう。
「久しぶりやな、越前」
丁度いいと思っていたところで声を掛けられて、自然と顔が強張る。
「どーも」
「調子はどうや?」
「何のことっすか?」
相手をするのは面倒くさい。
「隠さんでもバレてんで」
今回も前と同じようにあしらおうとするが、忍足は口端を持ち上げて肩を竦める。
「中々お似合いやと思うけどな」
「そりゃ、どーも」
冷やかされるのも、余計なお節介を焼かれるのも性に合わない。
だから、間もなくして二人並ぶ姿が当たり前になるから大丈夫だと笑えば、生意気だと返された。



20:手遅れだと笑って

あの日と同じ言葉を告げた瞬間、跡部が息を飲んだ。
「…何だよ改まって」
僅かな沈黙は、動揺の証。
「言葉にしないと分からないこともあるでしょ」
今がチャンスだとリョーマは手を伸ばした。
そして、制服のネクタイを思い切り引いて唇の端にキスを仕掛ける。
不意打ちに驚く跡部の眸は戸惑いの色を見せるも、拒絶は感じられない。
自分の勝ちを確信したリョーマは、猫のように目を細めて。
「ねえ、跡部サン」
そろそろ覚悟を決めた方が良いと左の胸に人差し指を突き付けた。



21:愛の言の葉

そろそろ良い頃合いだろう。
「アンタは聞かないんだね」
「何をだ?」
「俺が、どうしてアンタを好きなのかって」
抱いていた疑問を今になって投げかけると、跡部はギクリと肩を揺らした。
やっぱり気になってはいたらしい。
「…別に興味ねぇよ」
否定するまでの間が嘘だと告げていた。
「知るのが怖いの?」
「違ぇよ」
「じゃあ、教えてあげようか」
「止めろ」
ほら、やっぱり聞くのが怖いんじゃないか。
変わってしまうことに怯えて踏み留まるなら、そのまま転がってしまえ。
リョーマは、跡部に構うことなく口を開いた。



22:理由など、最初から

リョーマの話に渋々耳を傾けていた跡部は、苛立たし気に吐き捨てた。
「どうせ、俺をからかってんだろ」
苦々しい物言いにリョーマの顔が曇る。
「アンタそれ本気で言ってるの」
「ああ」
「信じられない」
本気だとは思えないし、思いたくない。
戸惑っている様子が目に見えていたから、リョーマには本心ではないことくらい分かった。
けれど、やっぱり面と向かって冗談だと言われるのは癪だから。
「逃げんなよ、馬鹿」
腹に一発思い切り蹴りを入れて、捨て台詞を残してその場から走り去った。
こっちは最初から正面切ってぶつかっているのだ。
少しは思い知ればいい。



23:柄にもなく必死に走った

脚には自信があった。
持久力だって過去の試合を踏まえて自分の方が上回っているとも。
「何で追いかけてくるんだよ」
追いつかれるはずがない。
そもそも、追いかけてくるなんてありえないと思っていたのに、跡部はリョーマの予想を裏切った。
「テメェが逃げるからだろ! 人の腹に蹴り入れやがってタダで済むと思うなよ!」
報復の為にリョーマを捕まえようとしていなければ、文句を言うことなく足を止めただろう。
もし跡部が自分の気持ちを自覚して追いかけて来たのなら、この鈍感と罵って腕の中に思い切り飛び込んだのに。
今なら確実にとび蹴りで突撃する自信がある。
「タダで済まないってどうなるのさ?」
これまでリョーマが追いかけてばかりだったのだ。
手をすり抜けていく感覚を跡部も味わえば良い。
「アンタになんて捕まる訳ないじゃん」
たっぷりと厭味を含ませて挑発するリョーマは、走るスピードを上げた。



24:戸惑いを捨て去る

思い切り手首を掴まれ、身体が後ろに傾く。
「…っ」
走り回っていた疲れもあり、地面に転がることを覚悟したリョーマ。
「俺様に勝てるなんて思ってんじゃねぇぞ」
しかし、いつまで経っても衝撃は訪れず、代わりに背中を温もりが包んだ。
驚いて上を見上げた先、跡部が誇らし気に笑っている。
そんな嬉しそうな顔するなよ。
「別に勝負なんてしてないし」
「ハッ。負け惜しみ言ってんじゃねぇよ」
負け惜しみとは何だ。
ほんの十数分前までは、苦虫を潰したような顔をしていたくせに。
「で、俺のことどうするつもり?」
タダで済まないなんて言ったくらいだ。
蹴りの代わりに一発ぐらい殴られることは覚悟した方が良いのか。
勿論、手を上げられたとしても、素直に殴られてなんてやらないけれど。
「その減らず口黙らせてやるよ」
挑発的に持ち上がる口端。
出来るものならやってみろと啖呵を切るつもりだったリョーマの声は、跡部の宣言通り音になることは無かった。
意味が分からない。
一瞬触れて離れた自分と異なる温度。
唇を押さえて呆然とするリョーマに跡部は、少し困ったように眉尻を下げた。
「覚悟を決めろと言ったのはお前だろ」



25:運命は、この手の中に

あの後、降参だと白旗を揚げた跡部だったが、その想いを口にすることは無かった。
表情や声に偽りはなく、本当に気持ちを認めたことがリョーマにも伝わっている。
それに不満は無い。
不満は無いのだが、少し面白くないのだ。
何がといえば、自分ははっきりと言葉にしたのに跡部は曖昧に終わらせたことである。
リョーマから促すのは違う気がする。
かと言って跡部に期待など出来そうにない。
だから、驚いた。
跡部に呼び出され、好きだと告げられた時は。
「…熱でもあるの?」
大丈夫なのか心配になって額に手を伸ばせば、苦笑される。
跡部の表情が穏やかに感じられるのは、きっと気のせいでは無い。
リョーマの手を取った跡部は、腕の中に引き寄せる。
「お前、今日が誕生日だろ」
そして、耳元で更に信じられない言葉を聞く。
「何でそれを知って…」
「俺様に不可能はねぇよ」
跡部からの告白に始まり驚きばかりが続くリョーマは、混乱を隠せない。
不思議そうに見上げた先、跡部は眼を細めて。
「お前にとって一番のプレゼントだろ」
全部くれてやるとクツクツと笑う。
「…自意識過剰」
「あぁ? 要らねぇっていうのか?」
リョーマが拒否するなんて考えもしない余裕が憎らしい。
つい先日まで逃げ腰だったくせに、この変わり身の早さは何だ。
「可哀想だから貰ってあげるよ」
素直に喜ぶのは癪だった為、唇を突き出して不満気な表情を浮かべるリョーマ。
それを跡部がキスが欲しいならはっきり言えなどと都合よく解釈して顔を近づけるから。
「他に引き取ってくれる人なんて居ないでしょ」
跡部より先に自分から唇を奪ってやった。
やっぱり、欲しいものは自分で手に入れないと面白くない。