空回りの日常

顔を合わせる度に恋人の口から頻繁に出るのは他人の名前。
本当に自分達は付き合っているのだろうか。
疑問に思った回数は両手で足りない。
少しでも傍に居たいだなんて俺様を地で行く跡部にしては珍しいことを言うものだから、学校帰りに他愛のない会話をして家まで送られるのが日課になっていた。
自分らしくないと思いつつも、リョーマはそれを嫌だとか煩わしいと感じることは無かった。
跡部の迎えが始まってから一週間程経つまでは。
『今日は手塚と喋ったのか?』
『アイツの調子はどうだ?』
『何か変わったことは無いか?』
口を開けば一言目には手塚、手塚。
最初は手塚に並々ならぬライバル心を抱いていたからその延長だと思っていた。
どこまで張り合いたいんだ。
そう呆れながらいい加減にあしらっていた。
だが、毎回。
それこそ一回に会う度に出てくる名前の回数を記録してやろうかと思う位酷いものになれば話は別だ。
「…俺はアンタの下僕でもパシリでも無いんだけど」
そこのところ理解しているのか。
今日も今日とて『手塚』と口にした男へ苦々しく不満を吐くと、ふざけたことを言うなと小突かれた。
「当たり前だろ。お前こそ何言ってるんだ?」
それどころか付き合っている恋人同士であることを分かっていないのではないかと逆に心配されてしまう。
「オイ…しっかりしろよ」
誰のせいだ、誰の。
仕方ないなって頭を撫でられる際の余裕ぶった表情を思い切り殴りつけてやりたいと思った。
自然と力の籠る左腕を何とか抑えてリョーマはここ最近疑問を抱いていた内容を投げかけた。
「あのさ、アンタって本当に俺のことが好きなわけ?」
「当たり前だろ」
「勘違いじゃないの?」
「テメェじゃねぇんだ。勘違いとかあるわけないだろ」
ならば、何故。
「俺は、部長の報告係じゃないんだけど…」
「あぁ?」
つい零れそうになった認めたくない感情に蓋をして小さく呟いた声は運悪く跡部に届いてしまった。
「報告係って何だよ? さっきのパシリといい何だってんだ?」
意味が分からないと眉を顰める彼は、リョーマの言葉より投げやりな態度に怒っているようだった。
「そのままの意味。会う度に部長のこと俺に聞いてるけどさ、そんなに気になるなら自分で聞けば良いじゃん。連絡先知ってるんでしょ」
「どうして俺様が態々手塚に連絡とらなきゃいけないんだ」
「部長のことが気になるからじゃん」
「誰が?」
「アンタが」
眼力を得意とする男がここまで察しが悪くて良いのか。
己の本心すらどこにあるか分からないなんて。
駄目だこの人、なんてリョーマが内心溜息を吐いていると。
「お前、嫉妬してるんだろ」
「は? 意味分かんないんだけど」
見当違いなことをさも事実のように言われて脱力した。
「俺が手塚を気にするから妬いてた。違うか?」
「いや、本当に違うから」
面白くないと感じた部分は確かにあるが、此処で口にするのは憚られた。
むしろ完全に論点がズレている。
「安心しろ。俺が愛しているのはお前だけだ」
先刻までの苛立ちはどこへいったのか。
上機嫌にリョーマの肩を抱き寄せた跡部は幸せそうだ。
主に頭が。
「ああ、そう…」
これ以上同じ話を続けるのは不毛だと判断したリョーマは、そのまま口を噤んで跡部の好きなようにさせておいた。
悩んでいたのが物凄く馬鹿馬鹿しくて。
金輪際この話題には触れまいと心に誓った。


『手塚に拘ってるのはテメェの方だろうが』
『…アンタには負けるよ』
噛み合わないのは日常茶飯事。これくらいが丁度良いのかもしれない。