父の独断で決まった日本での生活。
日本の年功序列なんて考えを嫌ったリョーマが選んだ実力主義を掲げる学校で出会ったのは、やたらと気位の高い王様だった。
テニス部で一番強いというその男の言動は酷く不可解で、何をした訳でもないというのにリョーマを目の敵にしているようだった。
跡部景吾。
学園の生徒会長であり、所属するテニス部の部長を務める彼に目をつけられるというのは正直かなり厄介なことだった。
気に入らないなら放って置いてくれれば良いのに。
「越前。お前、昨日部活サボっただろ!」
「…委員会があったんすよ」
前日の部活に参加しなかっただけで教室まで乗り込んできた跡部にリョーマはひっそり溜息を零した。
「聞いてねぇぞ。休むならちゃんと部長である俺に報告しろ」
試合をしてくれと頼んでも嫌そうに顔を顰めてあしらい、不自然な程に距離を取ろうとすることもある。
以前、跡部に用があって声を掛けた際、彼がリョーマの存在に気付かない状態で後ろから近付いた時なんて予想に反して驚いた上にこっ酷く怒られた。
『今度から俺様に近づく時は三メートル以上離れた場所でまず声を掛けろよ』
何だその準備は。
とりあえず、自分が跡部に好かれていないことと避けられていることは分かったので、それ以降はリョーマから極力近寄らないようにしている。
しかし、今度は逆に跡部がやたらと突っかかってくるようになった。
今回もそうだ。
「はぁ…今度からはちゃんと連絡するんで」
「当然だ」
昨日は会わなくて済んだと思ったのに、次の日に教室まで来られるくらいなら少しでも部に顔を出しておくべきだった。
放課後の部活も面倒なことにならなければ良いけれど。
帰っていく跡部の後姿に厭な予感を覚えたリョーマは憂鬱な気持ちのまま放課後を迎えた。
予想通り、放課後の部活でもリョーマは跡部に絡まれた。
終了間際に引き止められたと思えば、彼は言うに事欠いて。
「お前、匂うんだよ」
かなり失礼な発言を投げかけてきた。
これが、イジメというものなのだろうか。
臭いから因縁つけられているとしたらなんて考えてリョーマは被りを振った。
「そりゃ…テニスしてれば汗だってかくの当たり前じゃないっすか」
心配になって肩口や腕に鼻を寄せてみるが、人に指摘されるような匂いはしないと思う。
妙な言いがかりは止めろ。
声に出さずとも跡部を睨めば、バツが悪そうに視線を逸らされる。
「違ぇよ。馬鹿」
「じゃあ何なんすか」
理由を話せと問いかけても跡部はチラリとリョーマを一瞥するだけで口を割らない。
「ったく人の気も知らねぇで」
それはこっちの台詞だ。
ぶつぶつとまた身勝手なことを言っている跡部に苛立ちを通りこして呆れさえ感じる。
一体彼は自分をどうしたいのか。
当の跡部は、彼らしくない態度でもごもごと口籠るだけで肝心の答えをくれそうにもない。
理由をはぐらかされ、また絡まれるのかと考えるだけでうんざりする。
このまま振り回されて終わるのは酷く癪だ。
近くに居ると匂うだなどと因縁をつけてくるのであれば、今以上に距離を詰めたらどんな反応をするだろうか。
「へぇ…じゃあ、こうしたら困るんすか?」
少しでも困ったらいい。
リョーマがニヤリと笑い、意趣返しを込めて思い切り腰に抱きついた瞬間。
「何しやがる!」
思い切り振り払われた。
予想通りの行動。
先刻より声を荒げる跡部もリョーマの想像通りだったのだが、唯一違うのは彼の表情。
てっきり眉間に皺を寄せて射殺さんばかりの視線で睨んでくると思ったのに、掌で顔を覆い隠してこちらを見ようとしない。
手の隙間から見える肌が赤くなっているように思えるのは単なる見間違いなのだろうか。
耳も些か赤いような気がする。
「跡部部長?」
恐る恐る名前を呼べば、彼はビクリと肩を揺らして。
「テメェ…覚えてろよ」
リョーマの顔を見ないまま逃げるように立ち去ってしまった。
跡部も困ったら良いと思って意趣返しを試みたが、これは成功したのだろうか。
取り残されたリョーマが一人首を傾げながら自身の腕や肩にもう一度鼻を近づけるも、やはり可笑しな匂いなどなく。
「…人の事言えないじゃん」
逆に先刻まで感じなかった跡部の香水らしき匂いを嗅ぎとってしまい、自然と顔を顰めた。