未来の約束を紡ぐ

いつもと違う。
そんな違和感を覚えたのは、迎えに来た跡部の車に乗り込んだ時。
「…何だ?」
「…べつに」
どこか可笑しい。
違和感の理由までは気付かないリョーマが跡部の顔をまじまじと覗きこむと、不快そうに眉を顰められた。
機嫌が悪いのかもしれない。
ピリピリとした空気を感じとり窓の外へと視線を逸らした。
昨夜の電話では上機嫌だったはず。
此処に来るまでに何かあったのだろうかと考えるリョーマだが、追及することはしない。
今日は跡部の家でテニスをすることになっている。
打ち合いを始めれば忘れるだろう。
自分がそうであるように。
特に喧嘩した訳でも、今のところリョーマが原因と言える確証がある訳でもないから相手が言わない以上、無理に聞き出すべきではない。
所謂お付き合いを始めて数年。
それなりに跡部の性格を理解しているつもりだ。
だから、大丈夫などと楽観視したのがまずかったのか。
跡部がどこか苛立ち落ち着かない様子であった理由は、屋敷に着いてテニスを始めてから暫くして分かることになる。

「結婚しないか?」
「は?」
準備運動を兼ねた軽い打ち合いから真剣勝負に移り、一進一退の攻防を繰り広げていた刹那投げかけられた台詞に気を取られボールを見逃してしまった。
「…何言ってんの、アンタ」
後ろに転がったボールの行方も、勝負の決着が今のポイントで決まってしまったこともこの際問題ではない。
冗談だと笑い飛ばすには此方を見る跡部の眸が真剣で、リョーマは言葉を失う。
完全に油断していた。
やたらと演出に拘る男がこんな場所でプロポーズをしてくるなど予想していなかった。
否、テニスを通じて恋人という関係になった二人だからこそ選んだのかもしれない。
「俺様が勝ったから結婚だな」
漸く事態を飲み込んだリョーマの目の前には跡部が立っていた。
ニヤリと笑って決定事項だと言い放つあたり断られるなんて微塵も思っていない。
「てか、最初から俺の答え聞いて無いじゃん」
実に憎たらしい男だ。
そして、厭だと思わない自分が悔しい。
「あぁ? 負けたくせにゴチャゴチャ煩ぇな」
抗議の言葉と共に跡部を睨めば、手を引かれ抱き寄せられる。
そのまま与えられたのは触れるだけのキス。
「もう一度だけ言う。リョーマ…俺と結婚してくれ」
先刻と同じ台詞が跡部の口から紡がれると同時に指輪が左手の薬指に贈られた。
異なるのは、声が僅かに掠れ上擦っていたことだ。
何だかんだ言いながら緊張しているのかもしれない。
自信に満ちた跡部が見せた小さな綻びが彼の本気を感じさせた。
じんわりとリョーマの心に広がるのは、間違いなく喜び。
離さないとばかりに強い力を持って手を掴む一方で、不安に揺れる跡部を愛しく思えた。
この数年、共に過ごす中で先のことだって考えた。
いつまでも跡部との関係が続くと正直思っていなかったのも事実。
けれど、今この瞬間リョーマの手は跡部にしっかり握られており、二人で歩む未来を繋ごうとしている。
「いい加減何か言えよ…」
沈黙に耐えかねた跡部が答えを促す。
今更答えも無いだろう。
矛盾する跡部に苦笑するリョーマは、彼のシャツの襟もとを力任せに引っ張ると言葉の代わりにチュッと音を立てて口づける。
すると呆気にとられていた跡部もすぐに離れて赤く染まる顔を隠すリョーマを見るなり破顔して、お返しとばかりにキスを顔中へと降らせた。