デートのススメ

▼たまにはこんな

出掛けると突然言い出した跡部に一方的に電話を切られたかと思うと、数分後には家の前に迎えの車が到着した。
電話した時点で近くまで来ていたのか。
事前に計画を練っていただろう跡部から逃げられるはずもなく部屋から引きずりだされ車に乗せられた。
不機嫌なリョーマとは対照的に跡部はやたらと楽しそうにリョーマを見つめていた。
「何処に行くの?」
「着けば分かる」
「どうせならテニスしたかったんだけど」
はっきりと言わない跡部に苛立ったリョーマはフイと視線を逸らす。
「着いたら起こして」
聞いて答えないならば会話を続ける必要などない。
ふて寝してやると瞼を閉じているといつの間にか本当に眠りに落ちていった。
「オイ…起きろ」
「んーあと五分」
どれだけ眠っていたのだろうか。
身体を揺すられて覚醒を促されたリョーマは眠い目を半分空けて、もう一度閉じた。
「起きねえなら勝手に運ぶからな」
しかし耳音で不穏な発言を聞いた為に慌てて飛び起きることになる。
「起きれるじゃねぇか」
リョーマの反応に満足そうに笑う跡部だが、舌打ちをしたことをリョーマは聞き逃さなかった。
危ない。
跡部なら喜んでリョーマを抱きかかえて運ぶ。
「自分で歩けるから」
差し出された手を振り払えば、跡部はムッとした表情を見せて。
「これでも着けてろ」
リョーマの頭にカチューシャらしきものをはめ込んだ。
「何これ…?」
手を伸ばして触ってみると二つの耳らしきもの。
「此処に来たらこうやって楽しむもんだって聞いたぜ?」
首を傾げるリョーマに後ろを指差して笑う跡部の頭にもいつの間にか同じ動物の耳を象ったものがあり、今から向かうだろうテーマパークの入り口を指差された。
「アンタそれ誰から聞いたの…」
大体の情報源が分かるリョーマが敢えて聞くものの、跡部の耳には届いていないようだった。
「デートなんだから手ぐらい繋ぐもんだろ」
リョーマの片手を取るなり、嬉しそうに笑う顔を見せて歩き出す姿にそれ以上何も言えるはずもなく。
「しょうがないから付き合ってあげる」
今日くらいは良いかと繋がれた手を握り返した。



▼眠れないのは

迎えの車に乗り込むんだリョーマは、車内で跡部と会話しながら違和感を覚えた。
何となく元気が無い気がする。
普段なら何処に行くにも大抵は上機嫌でその日のプランをこちらが聞かずとも勝手に話し出すくせに、珍しい。
今日の行き先はやはり跡部の好みに合わなかったのだろうか。
「何だよ?」
そんなことを考えながらまじまじと横顔を見つめていたリョーマは、跡部に睨まれてしまった。
それはこっちの台詞だ。
折角、久々にテーマパークに行けるということで気持ちも高まっていたというのに。
「…アンタ、もしかして寝てないの?」
文句を言いかけたリョーマだが、跡部の目の下に隈のようなものが出来ていることに気づいて思わず手を伸ばす。
「寝る暇無いくらい忙しいなら今日の予定は…」
「大丈夫だ」
心配したこちらの言葉を遮る跡部。
寝不足なんてリョーマにしてみれば一大事で、今日の約束の為に無理をしているなら止めさせようと思ったのに。
「…違う。これは忙しいとかじゃなくて単に寝付けなかっただけで」
「は?」
不満そうに唇を尖らせるリョーマを前に跡部が、うっかり口を滑らせる。
昨夜は熱帯夜や寒さの厳しい夜では無かったはずだ。
むしろ快適とも言える気候で寝付けなかったというのは、もしかして。
「楽しみで目が冴えて眠れなかったとか?」
「んなわけねーだろ。この俺様が暇だと思うのか?」
「だって忙しい訳じゃないって言ったのアンタだよ」
口元を押さえて取り繕う跡部に、意地悪く問いかける。
跡部はすぐに違うと否定したけれど、ギクリと揺れた肩の動きを見逃すリョーマではなく。
「…跡部さんも可愛いとこあるじゃん」
下から顔を覗きこむと瞼にキスを仕掛けて、幼い子供を宥めるように頭を撫でた。
「着くまで寝てて良いよ。ちゃんと起こしてあげるから」




▼手を繋ぐ理由なんて

人混みを掻き分けて進むリョーマは、小さく舌打ちした。
目の前を歩いていた跡部の姿がいつの間にか消えている。
ほんの僅かな間に見失ってしまったようだ。
前を歩く人々の中でそれらしい後ろ姿を探すも、見つけられなかった。
行き交う人の波に流される情況で合流するのは難しいかもしれない。
「とりあえず何処かに避難しないと…」
一旦、この場を離れて携帯電話で連絡を取った方が早いだろう。
そう判断したリョーマが押し潰されそうになりながら、人混みを掻き分けて進み始めたその時。
「こっちだ、越前」
腕を掴まれ、強い力で引っ張られた。
「跡部さん?」
「はぐれるなって言っただろ」
焦った様子の跡部を見上げて名前を口にすれば、思い切り頬を摘ままれた。
これがかなり痛い。
手加減くらいしろ。
生理的な涙を目尻に溜めるリョーマ。
仕返しに足を思い切り踏んづけてやろうと考えて隙を伺うが、跡部がいつになく焦った顔を表に出していたせいで気が削がれてしまった。
依れた襟元と僅かに乱れた髪。
後ろにリョーマが居ないと気づいて慌てて探したのだろうか。
人混みは嫌だと言っていたくせに、誰の手も借りることなく。
「行くぞ」
必死に駆け回る跡部の姿を想像してしまえば、強引に手を繋がれても振りほどくことは出来なくて。
「やけに大人しいじゃねぇか。迷子が堪えたのか?」
人前で手を繋ぐなんて普段ならあり得ないけれど、今日は譲歩してやろうと思った。
「アンタが迷子になると可哀想だからね」
仕方ないと溜め息混じりに、自分より少し低い温度の手を握り返した。