Straysheep 後

目の前には清楚という言葉が似合う女の子が三人程。
「リョーマ君のご趣味は?」
「肌も綺麗。どんなお手入れを?」
何だこれ。
どうしてこうなった。
「凄く可愛らしいわ」
「は、はぁ…どうも」
意味が分からないし、理解したくない。
というか、無理。
辛うじて表面的に笑顔を取り繕うリョーマは既に限界を感じていた。
逃げて良いかな、これ。
敵前逃亡と言われようがこれ以上は耐えられないと足を踏み出しかけた時。
「どうしてリョーマ君はホスト部へ?」
「えっ?」
忘れかけていた本来の使命を思い出し、リョーマはその場に留まった。
そうだ。
いくら嫌でも此処で逃げれば、八百万円という借金が待っている。
雑用に戻ると言っても跡部は聞かないだろうし、出来ないのならばすぐに払えと迫ってくることは確実。
百人の指名客を集めたら全てから解放される。
それしかリョーマに残された道は無いのだ。
やるしかない。
腹を括ったリョーマは気持ちを切り替えると、自分なりに女生徒達に接してみた。
すると。
「あの…私達明日も指名して宜しいかしら?」
「そうして貰えると助かるっス」
意外なことに彼女達はどこか幸せそうな顔で次の約束をしてくれた。
普通に話すだけで上手くいくものなのか。
なんて理由も分からずリョーマが不思議に思っている一方で、少し離れた場所で様子を伺っていた面々が冷静に分析していた。
「初めてにしては中々じゃねーの」
「天然だな」
「お前が言える台詞じゃねぇだろ手塚」
「「まあ無自覚言うのが一番性質が悪いっちゅうこっちゃな」」
跡部を始めとしたホスト部メンバーがそんな話をしているとは露も知らないリョーマは、いくつもの無遠慮な視線を感じて後ろを振り向く。
見なければ良かった。
そう思ったのは、生暖かい視線を向ける男と目が合ってしまったからである。
「リョーマ!こっちへ来い」
慌てて目を逸らしたところで早速呼び出しが掛かった。
客である少女達を置いて行って良いものかと考えたけれど、逆に頬を染めた彼女らに送り出され不本意ながら跡部の元へ行くと。
「中々様になってるじゃねぇか。その上目遣いも可愛いぞリョーマ」
上機嫌の跡部にぎゅうぎゅうと抱き込まれた。
「ちょ、ちょっと! 苦しいっす!」
やたらとテンションの高い跡部は制止の声すら耳に入らないらしく、苦しさにもがくリョーマは視界に入った部の先輩へと助けを求める。
「真田先輩! 助けてください!」
あまり喋った記憶は無いが、真面目なその人は軽々と跡部からリョーマを引きはがした。
「大丈夫か?」
「…どもっス」
こちらを心配する姿に感謝を述べる傍らで吐き出される苛立たし気な声。
リョーマをあっさりと奪還されたことで跡部の機嫌は一気に下降したようだ。
「オイ真田!俺様の邪魔をするとは良い度胸じゃねぇか。あぁ?」
「貴様は限度というものを知れ」
助けてくれた先輩が今度は跡部に絡まれるという状況は流石に申し訳なく感じ間に入ろうとしたが、忍足達に止められた。
「リョーマが行くと逆効果やで」
「こういうのは適任者に任せるのが得策っちゅうことや」
双子が指差す先には眉間に皺を寄せる手塚の姿があり、彼等の言葉通り数分後には二人の諍いも終わりを告げた。
こうしてこんな調子でこの先やっていけるのかと一抹の不安を抱きながら、ホスト部での初日を終えるのだった。

* * *


ホスト部に入部して二日目のこと。
放課後になり部室に向かおうとするリョーマは異変に気付く。
「鞄が無い?」
机の横に掛けておいた学校指定の鞄が見当たらない。
いったい何処へいったのか。
鞄が一人で歩き出すはずはないし、誰かが間違えたという線は他に鞄が教室内に残っていないことを踏まえると考え難い。
ならば、答えは絞られる。
「はぁ…こういう面倒なのは御免なんだけど」
虐めなんてものがこの学園にも存在するのかなんて他人事のように考えながらリョーマは無くなった鞄の行方を探す。
鞄には教科書だけでなく向こう一週間の食費が入っているのだ。
これだけは何としてでも取り戻さなければならない。
「分かりやすいっていうか、何ていうか」
鞄を探して廊下を走るリョーマは、程なくして窓から見える噴水の中に見覚えのある鞄と中身が浮いているのを見つける。
その足で噴水まで向かうとやはり其処にあったのは自分の鞄で。
「勝手に他人を巻き込まないで欲しいんだけど…」
予兆はあった。
多分これは厭味を言われているのだろうと思った台詞と跡部と居る時に感じたあからさまな視線。
私が犯人ですと名乗り出るのに等しい跡部を指名する女生徒の言葉。
彼女の想いにも跡部にも興味はない。
ただ一つ問題があるとすれば。
「財布見つからないのはマズイよね」
どこぞの金持ちのお嬢様と違って一週間の食費はとても貴重なものなのだ。
財布が無いとなると本当に困る。
「オイ。そこの庶民」
警察に紛失届を出したら見つかるだろうかなんて肩を落としているリョーマへ掛けられた低い声。
「この俺様を出し抜いてサボるとはいい度胸だなぁ?」
嗚呼、面倒な人に目撃されてしまった。
「水遊びには早いだろ。ちなみに此処はプールじゃねぇぞ」
そんなことは分かっている。
「うっかり鞄を落としちゃって。財布が見つからないんすよ」
「アーン?」
跡部のことだから騒ぎ立てるに決まっていると思って誤魔化すと、眉を顰めて怪訝な顔をされた。
「見え透いた嘘吐くんじゃねぇぞ」
「嘘なんかじゃ」
「あーもう良い。さっさと探すぞ」
分かりきった嘘を吐くなと咎める跡部はリョーマの予想を裏切り、躊躇いなく噴水の中へと足を踏み入れた。
「言われなくても…ってアンタまで濡れますよ」
彼らしからぬ行動にリョーマは驚きを隠せない。
「これぐらい問題ねぇよ。水も滴る良い男って言うだろ」
例え手伝ってくれるとしても自分の手が汚れない場所でただ指示を出すだけだと思っていたのに。
「探し物はこれか?」
ブレザーの袖と裾を捲り水の中を探す姿をリョーマが呆然と見ている間に、跡部は目的の物を見つけ出してしまった。
「何だぼーっとして。俺様に惚れたか?」
「まさか!」
自意識過剰と言い返したいのに、完全に否定することが出来ないのが悔しい。
少しだけ。
そうほんの少しだけ見直しただけなんだと僅かに動揺する心に言い聞かせた。


* * *


鞄の件はリョーマが押し切ったことで既に終わったことになっていたが、元凶となった女生徒の気は収まらなかったらしい。
常に跡部を指名していた少女がリョーマを指名したかと思えば、嫉妬らしき感情をぶつけられた上にリョーマが暴力を奮ったなどと騒ぎだした。
不意打ちに傾ぐ身体は重力に従い、女生徒を巻き込んで床へと倒れ込む。
そして、早く庶民を追い出せとヒステリックに叫んだ。
なるほど。
彼女の目論見はこれだったのか。
跡部の上客だと聞いていたから、このまま摘み出されるのかもしれない。
バシャッ。
「何?」
しかし、訪れたのはリョーマの想像とは違う展開。
突如背後から降り注いだ水に驚いて上げた視線の先、花瓶の水を持つ双子の姿があった。
無表情を張り付けた彼等から怒りのようなものを感じ、リョーマが呆気にとられていると。
「見苦しい雌猫だな」
跡部がリョーマの身体を抱えて立たせ、少女を冷たく見下ろした。
「テメェの面は悪くねぇが、リョーマには劣るな」
「こんな子を庇うんですか!?」
「コイツはそんな男じゃねぇよ。分かったら、さっさと失せな」
弁明する少女も取り付く島の無い跡部の態度に耐えられず、涙を流しながら去って行った。
その姿を見送るリョーマの心境は複雑だ。
自分に嫉妬することがそもそも可笑しいというのに。
「何ボケッとしてんだリョーマ」
少し可哀想だなどと他人を心配していたのが悪かったのかもしれない。
「お前には揉め事を起こした罰を与えるから覚悟しとけよ」
「どうしてそうなるんすか!」
リョーマは巻き込まれただけで、元は跡部の問題のはずだ。
「追加ノルマで千人だ。千人の指名客を集めろ」
「無理!横暴っすよ!」
「煩ぇ。此処じゃ俺がルールだ!」
当然の如く言い放った王様に庶民が反論出来る訳もなく、リョーマはホスト部から逃げられないことを悟った。


* * *

濡れた制服のままで居たら風邪をひく。
今はこれしかないから着替えろと言って手塚が渡したのは、女子用の制服だった。
「何だ。本当は知ってんじゃん」
本来の性別を知っていてホスト部に勧誘するとは性質が悪い。
これも壺を割った罰に違いない。
あの性悪男と内心詰っていたところで、更衣室のカーテンが開けられた。
「リョーマ。タオルを持って来てやったぞ…」
「どーも」
タオルを受け取ろうとしてリョーマが手を伸ばすが、こちらを見たまま跡部が動かない。
「跡部先輩?」
声を掛けても反応は無し。
目の前でひらひらと手を振りながらこのタオル貰って良いのかなと考えていたら腕を掴まれた。
「リョーマ…お前女なのか?」
半信半疑と言った様子で尋ねてくる跡部。
もしかしなくても、この人は気付いていなかったんじゃないだろうか。
「あー。一応」
リョーマが肯定した途端、跡部がその場に座り込んだ。
「ちょっと待て。おい、これは」
「皆が勘違いしてるならそれでも良いかなって思って。一々説明するのも面倒だし、名前や見た目からして紛らわしいのは事実な訳だし」
頭を抱えてぶつぶつと呟く跡部。
「いや、ちょっと待て。落ち着け」
落ち着いて無いのは彼の方だろう。
「この俺様が気付かないとか、そんなこと有り得るわけねぇだろ」
実際に気付いていなかったのだから仕方ない。
「「かなりおもろい展開やな」」
「気付かない跡部が問題だろう」
「たるんどる」
「知らんかったんは、跡部だけやで!」
外野は好き放題跡部を貶している。
やはり、一人を除いて全員がリョーマの性別について分かっていたようである。
落ち込む跡部と騒ぎ立てるホスト部メンバー。
騒がしい彼等を尻目にリョーマはひっそりと溜息を零す。
やっぱり、跡部は跡部だ。
躊躇いなく水の中に足を踏み入れて財布を探してくれたことや自分を信じてくれたこと。
格好良いなんて思ってしまったことは絶対に告げるものかと一人心に誓った。