※本編の前の過去話になります。
日本のバレンタインデーが自分の知るものと違うことをリョーマが知ったのは一年前だった。
例によって例の如く呼び出された跡部邸。
国と国の距離というものを考えればそうそう簡単に会えるものではない。
それを平気でやってのけるのが大金持ちというものらしい。
イギリスとアメリカに互いが住んでいた時も頻繁に呼び出されたり、訪ねてきたりしていたから別段驚くことではない。
単に場所が変わっただけのこと。
今日という日に呼び出されたのは、一応彼の中で未だ婚約者というカテゴリにあるからだろう。
ままごとの延長とも呼べる関係が尚も続いている現状。
その事実を喜ぶべきか否か。
顔を合わせるなり手渡された両手に抱えきれないほどの薔薇の花束と部屋の隅に溢れんばかりに積まれた色とりどりの箱とを見比べるリョーマの心は複雑だ。
確実に去年より増えている。
日本の中学校に進学した跡部は二月十四日になると女生徒達から大量のチョコレートを貰う。
一年前も同様に跡部から呼び出された際には、好きなものを選んで食べろと言われて数個で飽きて食べきれないと言えば、持ち帰れと押し付けられた。
あの時は日本のバレンタインデーのこともよく分からず、美味しいチョコレートの出所を不思議に思いながらも平然と食べていたものだ。
しかし、理由を知った今回は違う。
跡部を慕う女の子の気持ちが詰まったプレゼントをリョーマが貰って良いはずがないし、リョーマ自身食べたいと思えるはずがなかった。
「お前はやっぱり食い物の方が興味あるみたいだな」
ジッとプレゼントの山を見つめるリョーマの姿を勘違いした跡部が箱を掴んで差し出してくる。
「いらない」
こちらの気持ちも見知らぬ女の子の想いも知らないで。
デリカシーの無い最低男め。
想像通りの跡部の言動に驚くことは無かったけれど、やはり腹が立った。
「何だ。嬉しくねぇのかよ?」
「嬉しい訳ないじゃん」
部屋に入った途端、すぐに目についた跡部へのチョコレートの山で全て台無しだ。
リョーマの為に用意された花束だって霞んで見えた。
「帰る」
「待て。何処に行くつもりだ?」
手の中にある花に罪は無い。
折角の薔薇へ八つ当たりしてしまう前に此処から、彼から離れよう。
「家に帰る。アンタと居ると疲れるからヤダ」
鬱陶しいと感じるのはいつものことだが、今日はもう跡部の顔を見るのも嫌だった。
ポーカーフェイスを貫いてもすぐバレてしまうだろうから。
ぐるぐると渦巻く醜い感情を悟られたくない。
「リョーマ!」
顔を背けたまま部屋から強引に出て行こうとしたリョーマの前に跡部が立ちはだかる。
唯一の出口を塞ぐ男は自分が渡した花束を奪い取って床に落とすと、頬を両手で掴んで覗き込んできた。
続いて与えられたのは瞼への触れるだけのキス。
「ちょっと! 止めてってば!」
しかも、それだけには収まらず顔中に降ってくる唇にリョーマは慌てた。
がっちりと顔を固定されている状態では避けられない。
「今日がどんな日か分かってねぇから、身を以て分からせてやる」
暴れるリョーマを見下ろす跡部はとても愉しそうだ。
「遠慮シマス。結構デス。間に合ってマス」
こんなことを続けられたら心臓がもたない。
勘弁してくれと叫ぶも、暴君は酷薄な笑みを深めるだけ。
「喜べ。俺様がこうして花束とキスを贈るのはお前だけだ」
全然嬉しくない。
そう言い切れない時点でリョーマの負けだった。
振り払えない自分をもどかしく、見ず知らずの他人に優越感を覚える心を疎ましく思いながらゆっくりと瞼を閉じた。
落とされるキスは決して甘くは無かった。
勘違いするなと囁く心が全てを苦くさせるから。
唯一だというのなら、他の全てを捨ててほしかったなんて。
言えるはずがない。