幼馴染と言えば聞こえは良いかもしれない。
実際はそんな甘いものではなく、偶然出会った少しだけ年上の子供に何故か気に入られたリョーマは、彼に追い回され彼の隣に居ることを強いられた。
身勝手な少年に当然の如く抗議したものの、相手が悪かった。
世間でお金持ちと称される両親を持つ所謂お坊ちゃま。
子供に甘い親は、リョーマを彼の婚約者にすると勝手に決めてしまった。
ここは勿論自分の両親に止めてほしかったのだが、追いかけ回されている光景を見て何を勘違いしたのか仲良い二人だと思われてしまい話は当人を置いて進められた。
幸いだったのは、どちらも幼かったということだ。
子供の飯事の延長。
微笑ましい気持ちで大人達に見守られたそれは、長く続かないと思っていた。
元来、子供は飽きっぽいものだ。
最初はリョーマに興味を持っていた少年もいつか離れていく。
そう考えていたのに。
「何で此処に居るの?」
「迎えに行くとメールしただろ」
「返事してないんだけど」
「テメェの都合なんて知るかよ」
数年経った今でも件の少年、跡部景吾と越前リョーマとの縁は残念なことに切れていなかった。
リョーマの自宅の前に停めさせた車から出てきた男の変わらない姿にひっそりと溜息を吐いた。
「まあ、アンタがこっちの都合聞いたことなんて無いけどね…」
抵抗したところで無理やり連行される。
経験上、嫌という程理解していたリョーマは渋々ながら迎えの車に乗り込んだ。
「…で、今日は何?」
跡部の屋敷まで向かう見慣れた道を車窓の向こうに捉えながら、リョーマが尋ねる。
尋ねてみたものの、どうせ大した用ではないことは分かりきっていた。
気まぐれにリョーマを連れ出して振り回す。
今日は機嫌が良いように見えるから、何か新たに買ったものを見せびらかせようとしている可能性が高い。
少し前に新しいテニスコートが欲しいとか言っていたそれが完成したのかもしれない。
テニスが出来るなら、まあ良いか。
物事の興味のほとんどをテニスに向けるリョーマがぼんやりと考えていると、突然腕を掴まれた。
「痛いんだけど」
暗に離せと凄んでみせるが、それで簡単に怯むような男ではない。
リョーマの反応を悠然と見下ろす跡部は、とても愉しそうに笑っていた。
しかし、何だかんだで付き合いの長いリョーマはすぐに彼の眼が笑っていないことに気付く。
機嫌が良いと判断したのは間違いだったようだ。
怒っている確実に。
それも、原因はリョーマに関係している。
「ねぇ…この手。せめて力緩めてくれない?」
面倒臭いことになった。
跡部を前に逃げられるとは思えないし、思わない。
せめて穏便に。少しでも被害が少なく済むようにと話を逸らそうと試みるも、男の手は更に力を増した。
「どうせ離すつもりは無ぇんだから、一緒だろ」
不敵な笑みに悪寒しか覚えない。
嗚呼、最悪だ。厄日だ。
「心当たりが無いとは言わせねぇぜ」
「何のこと?」
この時点で思い当たることがあっても素直に口にすることなんて出来るはずもなかった。
タイミングから考えれば、妥当なところだろう。
気づいてもこちらのことなんて気にしないと考えていた為に驚きは隠せないが。
「ライバル校のテニス部に生意気なルーキーが現れたらしい。しかも、一年であの青学のレギュラーだと」
「へぇ…」
「聞いてみると、容姿やプレイスタイルが俺のよく知っている奴に似てるんだ」
「ふぅん」
意味深な跡部の言葉に対し気のない返事をするリョーマだが、内心は冷や汗ものだった。
バレている。確実に。
大丈夫だと高を括って何も話さないのがそもそもの誤りだった。
「俺の誘いを蹴った奴がどうして青学の男子テニス部に居るんだろうな?」
「……」
「なぁ、お前なら分かるか。越前リョーマ?」
わざとらしくフルネームで呼ぶ跡部。
逃げ場の無いリョーマは抵抗を止めてがっくりと項垂れた。
「俺様に隠し事しようなんて百万年早ぇんだよ」
暴君の高笑いが響く車内で出来るのは、未だ掴まれた腕を恨めしく睨むことだけだった。