「それでどうするんだ?」
「何が?」
リョーマにとって気まずい空気が流れたままの車内で不意に尋ねられた言葉。
主語の無い問いかけが指す内容を分からなかった訳ではない。
分かるからこそ惚けてみた。
「氷帝に来るんだろ」
疑問ではなく断定。
跡部の頭の中では既にリョーマが氷帝学園に転校することが決まっているに違いなかった。
「行くわけないじゃん」
どうしてそうなるのか。
彼の思考回路に問いかけても無理な話だろう。
リョーマがあっさりと否定すれば、跡部の端正な顔が目に見えて歪む。
「決定事項だ」
「ふざけんな! アンタに俺のこと決める権利なんかない!」
いつも最後にはリョーマ跡部に流されるから今回も同じだと思っているのが酷く憎らしかった。
面倒なことは嫌いだ。
終わりの見えない押し問答を跡部と続けるのも正直しんどい。
「ふざけたこと言ってるのはお前だ。馬鹿」
「……」
「俺が決めてるんじゃねぇ。テメエが選んだだけだ」
言葉を返すのすら億劫で視線だけ跡部に向けると、彼はまるで自分に一切非がないかの如く尊大に言い放った。
「俺…が選んだ?」
「お前のことだ。どうせ俺が勝手に決めたなんて思ってやがるだろ」
その通りだ。
自分自身ならまだしも他人のことに口を出すだけでなく実行にまで移す。
それこそが跡部景吾その人だ。
声にせずともリョーマの表情で考えを察した跡部が鼻で笑う。
「ハッ。無自覚かよ」
「んなわけないでしょ。大体アンタがいつも勝手に…」
「違うな。よーく考えてみろ」
真っ直ぐに見据えられてリョーマは視線を逸らす。
考えるまでもない。
そう反論したいのに口籠ってしまうのは、多少なりとも自覚があるからだ。
振り払うことも出来ただろう手を最後の最後に掴んでしまうのが、これまでのリョーマだった。
跡部もそれを十分すぎる程分かっている。
故に自分が選ばれると信じて疑わない。
「…畜生」
行き場のない焦燥から出た言葉。
「漸く理解したか。だったら」
「ヤダ」
跡部が降参の意味と捉えたそれは真逆のもので。
「今回は絶対に譲らない」
強い意志を持った声に跡部は僅かながら動揺しているようだった。
信じられないものを見る眼に優越感を覚える。
「なるほどな。そっちがそのつもりなら上等だ」
ざまあみろ、なんて思っていると跡部の瞳に剣呑な色が宿る。
余計に煽ってしまったらしい。
「そのうちお前の方から氷帝に来たいっていう羽目になるから覚えておけよ」
悪役を彷彿とさせる表情と台詞が似合いすぎて笑えない。
「それまで精々手塚達に女だとバレ無いように気を付けるんだな」
「アンタ部活の先輩に余計なこと言わないでよ!」
跡部なら目的の為に全てを暴露する可能性だってある。
慌ててリョーマが釘を指すも、跡部はニヤリと笑みを深くするだけだ。
「さあな。それはお前次第だぜ、越前」
普段彼から呼ばれていたものと違う呼び名にリョーマは一瞬反応が遅れる。
尤も、会話の時は『お前』とか『アンタ』と言って互いの名を出すことは少なかったのだけれど。
これは宣戦布告だ。
「アンタの好きにはさせないよ。跡部サン」
便乗して呼びなれない名をわざとらしく口にした瞬間、二人だけが知る密かな勝負が幕を開けた。