4.違和感と見知らぬ姿

勝負と呼ぶべきか甚だ疑問の残る妙なやりとりをしてから二カ月程が経った。
学校が違い距離も離れている為に顔を合わせる機会は無いに等しい。
リョーマが跡部を呼び出すことはまず有り得ない上に、珍しく跡部からの急な呼び出しも無かった。
てっきり青春学園の校内にまで来て邪魔をすると警戒していたリョーマの予想は良い意味で裏切られた。
暫くは油断させて後から突き落とすつもりかもしれないと疑ったが、どうやらそれも違っていたらしい。
忙しいのかもしれないし、リョーマより興味を惹かれるものを見つけたのかもしれない。
気分屋な暴君には珍しいことでは無かったので、いっそこのまま呼び出しが無くなったら良いのに、と限りなく可能性の低い希望を抱いていたリョーマの平穏は今のところ守られている。
今頃どうしているだろうか。
ふとした瞬間に思い出して気にするのは、鬱陶しいくらい構われることに慣れていたからだ。
「…ったく何やってんだか」
溜息と共に出る悪態は果たしてどちらに向けたものだったのか。
変わらなければ。
否、変えなければ。
ずるずると怠惰で続いているような関係を断ち切る絶好の機会なのだ。
跡部のことなど考えるな。
そう自身に言い聞かせ続けていた矢先リョーマは、間の悪いことに跡部とストリートテニス場で偶然再会してしまった。
もしこれが廻りあわせというのなら神とやらを恨まずにはいられない。
「…何でよりによって」
部活の先輩である桃城の様子を覗きに来た場所に居たのは跡部と彼のチームメイトらしき者達。
不動峰中の橘の妹と桃城が一緒に居るのはまだ良い。
どうしてお前まで居る。
思わず叫びだしそうになったところを抑えて不自然にならない程度に視線を逸らす。
表情を普段から表に出さないよう努めていたリョーマだから僅かな動揺に気付かれることもない。
ある人物を覗いては。
「お前が例の青学一年のレギュラーか」
聞き覚えのある声で他人のように話す跡部。
声を掛けられて視線が交わった刹那、彼の口角が僅かに持ち上がるのを見た。
彼と繋がりがあることを知られたくないリョーマはいつ暴露されるかと思うと気が気でなかった。
絶対に話すなよ。
傍から見れば初対面の相手を威嚇しているように見えるリョーマの鋭い視線は、跡部へ向けた無言の牽制だった。
リョーマの内に秘めた焦りに気付いているだろう男の余裕が実に憎らしい。
相手は見知らぬ高慢な男。猿山のボスだ。
リョーマの知る腐れ縁の俺様男と良く似た別人だ。
いつもの悪態を吐いて跡部と言い合いそうになるのを我慢し、生意気なルーキーを演じる。
尤も演じるまでもなく傍から見たリョーマは十分に生意気に映っていたのだけれど。
同じ部の先輩である桃城でさえも跡部とリョーマの関係性に気付いた様子が無かったことは幸いだった。
ただ、跡部に軽くあしらわれたことに納得いかない。
「普段は絶対に譲らないくせに、何なのあれ」
氷帝学園のメンバーが跡部を筆頭にその場から去り、リョーマも桃城と別れて一人帰路に着く途中、口から零れるのは不満の言葉だ。
「偉そうなのはいつものことだけどさ…あんなの」
知らない。
違うとわざと否定したのは自分なのに。
関わりがあることが露見しなくて喜ぶべきなのに。
未だ胸に燻るのはどうしようもない苛立ち。
こんなはずじゃ無かった。
顔を合わせなくても、合わせても跡部のことばかり考えるなんて。
「全然駄目じゃん」
悔しかった。
過去も現在もあの男に心掻き乱される自分が。
憎らしかった。
リョーマの心を知らずに、遠慮なく踏み込んで来る跡部が。
否、全て知った上での振る舞いなのかもしれない。
そういう奴だ。跡部景吾という男は。
考えるなと思えば思う程、余計に意識してしまう悪循環にリョーマが嘆いていると、ポケットに入れていた携帯電話から電子音が響いた。
タイミングから考えて跡部に違いない。
今の気持ちで電話に出られるはずもなく、リョーマは鳴り続ける携帯電話の無視を決め込んだまま歩き続けた。
自分の知る跡部景吾が連絡を無視したらどういう行動に出るかは簡単に想像出来た。
だからこそ自宅の前に跡部が仁王立ちで待ち構えたとしても何の感慨も浮かばない。
面倒くさい。
いつものように同じ台詞が脳裏を過った程度。
跡部が連絡を無視されたことに腹を立てているのもいつものこと。
機嫌の悪さを隠そうとしない男をジロリと睨めば、酷く冷たい眼で見下される。
「何?」
何処か様子の可笑しい跡部を訝しげに覗き込んだ瞬間、強い力で手を引かれ気付けば跡部の腕の中に捕えられていた。