5.勘違いとすれ違い

リョーマを拘束する跡部は隙間を埋めるかの如くぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「いきなり何なの!?」
もがくほど強まる腕に押さえつけられ苦しさに息を荒げるリョーマ。
跡部の手は外れるどころか強まるばかりで二人の身体が密着する。
「いい加減にしろよ! この馬鹿!」
勢いよく振り上げた手は跡部に当たることなく簡単にかわされる。
体格差があるといっても腹立たしいことこの上ない。
どうせ足掻くリョーマを笑っているのだろうと忌々しげに見上げるが、そこにいつもの憎たらしい笑みは無かった。
可笑しいと感じたのは、先刻と合わせて二度目だ。
メールや着信をリョーマが無視するのはよくあることで、跡部が不満を訴えるのも日常茶飯事である。
一々理由を問いただし自分を優先しろと口煩く言ってくるが怒ると言っても子供の癇癪のようなもので、今もまだ他人のフリが続いているのかと都合の良いように思ってしまった。
「景吾?」
冷たい視線に耐えられず、数カ月口にしなかった呼びなれた名で声を掛けるも跡部の険しい表情は変わらない。
「何だよ、あれ」
何なんだと言いたいのはこちらだと思ったけれど、反論出来るような雰囲気ではないので黙ったまま続きを促す。
「随分と青学の奴らに馴染んでるみたいじゃねぇか」
「馴染んでる?」
突然、学校の名前を出されたリョーマは首を傾げた。
この二カ月顔を合わせず連絡も取っていなかったから、一年生がレギュラーの座を勝ち取ったという噂以外はこちらの様子など知らないはずだ。
「面倒くさがりのお前がわざわざ探しに来るなんてどういう風の吹き回しだ。あぁ?」
「わざわざ探しに…って桃先輩のこと?」
漸く跡部の言わんとすることに気付いたリョーマ。
しかし、桃城を迎えに行ったことが跡部とにどう関係あるのか理解できない。
「そんなに桃城が良いのかよ?」
「良いって何? 色々気にかけて貰ってるし、悪い人じゃないと思うけど」
むしろ良い先輩と言える。
遠慮の無い態度はたまにお節介なんて思ったりするものの、自転車で送り迎えして貰ったり、たまに奢ってもらったり世話になっているのは確かだった。
「ハッ。簡単に物に釣られてんじぇねぇよ」
物で人を釣るというなら次から次へと目の眩むような金額のプレゼントを押しつけてきたお前はどうなんだ。
「桃先輩はアンタと違うよ」
「アイツの肩を持つのか」
「だから、何でそういう話になるの!? 意味分かんないんだけど!」
今日の跡部は絶対に可笑しい。
延々と続きそうな押し問答に嫌気が差したリョーマが叫ぶと、跡部が眉を顰める。
「ふん。まあ、お前がいくら桃城を気に入っていても望みは無いだろうがな」
だから何故そんな方向に話がいく。
望みと言われても桃城は部活の先輩で跡部が考えるような感情を抱いていない。
そもそも跡部以外リョーマの秘密すら知らないのに、未だこの話を引っ張りたいらしい。
「…橘だったか? 明らかにあの女に気があるだろ。」
「知らない。てか、橘サンとやらにちょっかい掛けてたのアンタじゃん」
いい加減不毛なやりとりに疲れたリョーマは少し前に桃城から聞いた出来事を思い出し、逆に跡部を問いただす。
「自分が相手にされなかったからって俺に当たるの止めてくれない?」
よくよく考えれば、跡部達はリョーマがストリートテニス場に着く前からあの場所に居たのだ。
プライドの高い跡部のこと。
二度もフラれて相当苛立っているのだろう。
桃城と橘が親しくしているから、そのとばっちりを桃城と関わりのあるリョーマにぶつけているに違いなかった。
「もうアンタには付き合いきれない。さっさと退いてよ」
あと数歩で家に着く距離で足止めされているのも我慢ならない。
他の誰かを追いかけて駄目だったら戻ってくるなど人を馬鹿にするなとも言いたかった。
苛立ちが頂点に達したリョーマは、思い切り跡部を突き飛ばし自宅へと駆け込む。
咎める跡部の声が聞こえたが、知ったことか。
すぐに玄関に鍵を掛けて自室へと駆け上がった。
直後、携帯が震える。
跡部かと思って警戒して開いたディスプレイには新着メールの文字。
警戒しながら確認したそれは部活の連絡網で、少しでも期待してしまった自分が物凄く厭で堪らなかった。
「結局その程度じゃん…」
無意識の呟きに含まれるのは、落胆の色。