氷帝学園との試合中。
喉の渇きを覚えたリョーマが誰に告げるでもなく飲物を買いにコートから離れると、後ろからついてくる足音が聞こえた。
歩幅を詰め明らかに迫ってくることを考えれば、目的は自分なのだろう。
無視し続けた着信が背後に居る人間が誰であるかを示している。
「オイ」
足音と近づく気配に気づかないフリをして自動販売機を目指すリョーマへと掛けられる不機嫌な声。
先輩が心配もしくは注意しに追いかけてくれたなら良かったのに、どうしてコイツが。
予想を裏切らなかった男の行動を忌々しく思う。
勿論、掛けられた声は無視だ。
別にリョーマが呼ばれた訳ではない。
「聞こえてんだろ。無視すんじゃねぇよ、リョーマ」
そんなこちらの考えも態度も相手には手に取るように分かるのだろう。
最近呼ばれることの無かった名前に眉を顰めながら渋々振り向いたリョーマは、きょろきょろと辺りを見渡す。
自分と跡部の他に人は見当たらない。
試合の最中だから当然といえば当然か。
だからこそ跡部もリョーマと名前で呼んだのだ。
「…何か用っすか?」
関わりたくない。
その気持ちを表すように敢えて普段と違う余所余所しい口調で答えるリョーマを見て跡部が顔を顰める。
「テメェ…散々この俺様を無視しやがって。この期に及んでその態度は何だ? あぁ?」
「…ちょっと電話に出なかっただけじゃん」
気まずい別れの後、連絡を寄越さず今になって思い出したように携帯電話を鳴らして。
「大体、あの場で俺が電話取ると思うわけ?」
そもそも他人のフリを持ちかけてきたのは跡部だ。
「お前次第だって言ったはずだぜ、俺は」
肩を竦めて首を傾げる男が実に腹立たしい。
確かにそのようなことを言っていた気がする。
しかし、認めるのも跡部の思い通りになるのも癪で。
「あっそ。アンタはどうか知らないけど、どうせ今日試合無いし猿山の大将さん用は無いから」
くるりと身体を反転させて当初の目的であった自動販売機へと向かうも、跡部がそれを許すはずが無かった。
「話は終わってねぇぞ」
「だからアンタと話すことなんて」
肩を掴んで無理やり視線を合わせられた先、リョーマを見下ろす双眸は真剣な色を宿していた。
口から出かけた反論も不満も思わず飲み込む。
「…氷帝に来い。リョーマ」
「またその話?」
重々しい口ぶりで何を言うかと思ったら、過去にくどいという程繰り返したやりとり。
答えるまでもないと溜息を吐くリョーマに対し跡部が挑発的に笑う。
「じゃあ勝負しようぜ」
「勝負…って」
「我が氷帝学園がこの試合に勝ったらお前は俺様に従う。どうだ?」
尋ねる跡部だが、彼の中でこの賭けが決定事項になっている以上リョーマに覆す術は無い。
言って聞くような男ではないことは十分に承知していた。
ならば、勝負を受けて立つまでだ。
「分かった。でも、青学は負けないからアンタの思い通りにはいかないよ」
先輩達が、何よりあの手塚が易々と負けるはずがない。
自身の学校の勝利を信じるリョーマの言葉に跡部が小さく息を呑んだ。
「…チッ。氷帝が勝った瞬間に青学から掻っ攫ってやるから覚悟するんだな」
苦い表情から一変、不敵に笑い勝利を宣言して去っていく跡部。
その背中を見送りながら、幼い日の約束に縛られ未だリョーマを離そうとしない彼の心は少しでも自分のもとにあるのだろうかとぼんやり考えた。